手をつなごう
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そら
大切な人へ想いを届ける、幸せの茶色いクマ「プロポーズベア」待望の絵本第一弾

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宮城3 


今日は午後から仕事の手を止めて

地下歩行空間で行われていた「5年目の3.11」に行き、

札幌で行われてる支援活動を知りに行ったり、

戻ってからホリーと一緒に黙祷を捧げ、

テレビやネットで今の状況を検索したりしながら、

言葉が見つからず宙に言葉を連ねては消して、また考えて、と

考えや思いを巡らせていました。



そして宮城県のホームページを見て「復興の進捗状況」のページに
観光の再生に向けた取り組みというものがあり、

「復興ツーリズムや教育旅行の促進」というのを見つけ、

UHBの大村さんが開催し2年前にみんなで行った取材のツアーを
やはり最後まで書いておこうと思いました。



4年という月日が流れ、

テレビを見ていても、

もう自分たちは前向きに進んでるという方もいらして

あの日の事を、今はあえて見ない事で
思い出さない事で踏ん張れている心もあるだろうとも思ったりもし、

時間の経過とともに、心にあるやり場のない怒りや疑問や落胆や悲しみや
やる気や奮い立たせる気持ちや、前向きな想いが
ぐるぐると駆け巡り、

きっと震災の被害に遭われたみなさんの中にも

風化させない為に伝えたいという気持ちもある一方で、

今はただ前を向くことに集中したいという思いでもあるのではないかという気持ち、

そして、そんな色んな葛藤が生まれる事が今必要なのかどうかを

一日考えあぐねていましたが、



宮城に訪れたあの日の日記というよりは今、2015年3月11日

今日この日のテレビや情報、ニュースなどから知った情報を添えて

2年前に行った場所の写真とともに、

私自身で覚えていたい事を書いておこうと思います。


それが「復興ツーリズムや教育旅行の促進」に

ほんの少しでも繋がれる気がしたからです。


※写真は2年前に訪れた時のものです。




防災庁舎は

43名が津波の犠牲になった場所でした。




テレビのニュースでは今、町では維持費を負担出来ないという声と、

地元の住民のみなさんからは、

被害の大きさを伝える為に残してほしいという意見と、
見ていると辛いから解体してほしいという意見に分かれていうと言います。


2年前にこの場所でもバスガイドの方に同じ様な事を教えていただきました。




それだけ、



時間を要することだけに



今日ニュースを見ていても複雑な思いがしました。




一方で大川小学校は、生き残った生徒さんが

小学校を残してほしいと願っている事も知りました。


ネットのニュースには、当時小学生だった生徒さんが、

中学校3年生になっていたり高校生になっていたりして、


その生徒さんたちが津波の教訓に残したいという想いと、
残してもらえたら、みんなの事も忘れずにいられるという願いも語られていました。


中には、亡くなってしまった友達の遺族のみなさんの前では素直に泣けない
どうしようもない喪失感の中避難所生活を送っていたという記事に

当時小学生だった子にとって、

それがどれほどの重みだったかを考えずにはいられませんでした。






2年前の取材ツアーでは南三陸のホテル観洋というところに
宿泊をしました。

そこはもう、

素晴らしい眺めと、


美味しいお料理と、




素敵な露天風呂のある温泉と、

女将さんの笑顔が輝くおもてなしの行き届いたホテルでした。


ホテル観洋


女将さんは「お客様の笑顔が力になる。」

と語っていました。


私たちは夕食を皆で共にし、

改めてこの地の素晴らしい部分を知り、


そして、震災の、津波のもたらしたものの大きさを知りました。




夕食後には伊里前小学校の安部正人先生にお越しいただき

これから、自分たちに、私たちに必要な事、大切な事を

沢山教えていただきました。




まずは「知識」

知る事から、今後の震災が起きた時に、

自分たちで身を守る術を知っておく事が大切だと。


実際にこちらの小学校の校長先生は37年に一度大きな津波が来るという
危機意識を持ち、明治に起きた三陸の津波を知る老人から子供たちに
レクチャーを受けさせていたと言います。
逃げた10分後に津波が学校を襲った事から、
知識は非常に重要であると教えていただきました。


同時に「決断力」も大切であるとお話しされていました。

それから「想像力」と「創造力」が必要と
お話しいただきました。
何がいつ、どんな風に、どんな時に必要かを想像する力が必要だともお話しされていました。


安部先生の願いは、

この東北のケースから、これからどんな日本を作って行きたいかという事に
照らし合わせて考えてもらえたらとお話しされていました。



自分たちのふるさとは

自分たちの手で作られて行くのだという事も。






「学ぶ事」


「語り合う事」


そういうコミュニケーションも



大切だと教えてくださいました。





松島水族館では

津波の際には、動物たちを連れて行けない事で
後ろ髪を引かれる思いで逃げた。

でも小さな島がいくつも海にあったおかげで、
波を分散させられた場所でもありました。

それでも海底の泥を巻き上げてきてしまい、
津波後は辺り一面泥だらけで大変だったと言います。






人間で言う心臓部のポンプが壊れ、
3月の寒い中熱交換器も動かず、
えさは一ヶ月くらい入って来ず、
泥をかき分ける日々が続いた。

亡くなったのは

59種類、212の動物、魚たちでした。



それでもみんな進んでいる。



今、




みんな



進み続けている。






時が





止まる事がない様に、






私たちは少しずつでも進んで行き、






少しずつでも寄り添い合えたらと思いました。










時が1秒づつ進むのと同じ様に



長くかかっても







一歩ずつ、




共に進んでいけたらと




心から思いました。









最後に今宮城県で行われている語りべのツアー一覧になっている
ホームページをリンクしておきます。



私も、時間ができたらまたここへ行って、
また素敵な宮城の良さをいくつも発見しに行きたいと思います。












そら