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大切な人へ想いを届ける、幸せの茶色いクマ「プロポーズベア」待望の絵本第一弾

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宮城取材1




2013年3月23日



空は晴れ、ちいさな雲がちらほらと

大空をとんでいた。



海は青く、太陽に照らされ

きらきらと輝いた。 


ずっと気になっていた、



被災地と、その復興状況。




3月に宮城県6カ所の、取材ツアーに参加させていただきました。

仕事の合間になりますが、私からも自分の目で見た、
感じた事をできるだけ伝えられたらと思い、

時間をかけさせていただき、何回かに分けて少しずつアップさせていただく事に
しました。




私の目で見た、私の感覚で書いた日記です。


 

2013年3月23日




朝は凍えるほどに寒く、息を吐けばまだ白く、

いつまでも真っ白に覆われ続けている北海道。



そんな春の気配も見えない3月の終わり、

新千歳空港には朝早くから、30名ほどの人が集まった。


新千歳空港から仙台空港までは、一時間ほどとあっという間で
雪のない空港の景色に、春の訪れを感じた。

空港を出てすぐに、




ー津波がここまできましたー




という線が引かれている壁があった。


その向こうで手招きしているバスガイドさんに呼ばれ

線の高さを横目に、私は足早にバスに乗り込んだ。




まだ、名前も知らない中学生、高校生と一緒に2日間を共にする。

今回のツアー主催のUHBの大村正樹さんが、
皆の緊張をほぐし、自分たちの目的意識確認の為に
自己紹介をはじめた。

一人一人、名前と、知りたい事などを言い合った。

この時

学生達が、どんな思いで今回のツアーに参加しているのかが
よくわかった。


「震災から2年経ち、メディアで取り上げられる事が少なくなってきたきた事に危機感を覚え参加しました。」

「テレビやインターネットの情報しか知らない自分がいる。現地に行って自分の目でしっかりと知りたい。」

「小さい頃宮城県の仙台市に住んでいたので、今どんな状況にみんなが置かれているのか、
心配。」


「同じ同年代の子達の今の気持ちや、関心ごとを聞きたい。」

「メディアを通してしか知らない事を、自分の目で見たい。ボランティアをしたいので医療現場をみたい。」


そして、自分の動機の最後に、皆一様に口を揃えて言っていた事があった。


「自分に何ができるのか?」




「それをしっかりと考えたい。」






今回のツアーの参加は中高生を中心に数名の大人が混じって30名ほど。

子供達の交通費や宿泊費はすべて大村さんが自費で用意し、企画からツアーの開催まで自身で行ったツアーで、子供達に被災地の現状、報道の本当のあり方を伝える為に
真剣に向き合って考えた企画だった。

関心の高さは、新聞でこのツアーの応募を出した時にわかったという。


「定員を大きく越え、400名にものぼる応募があった。」


応募はすべて「なぜ参加したいのか?」という問いかけに対する文章で選出され、
大村さんは「本当は全員連れて行きたかった。」とツアーの時にぽつりとつぶやいていた。

それほどに熱く届く想いがこもった文章が多く寄せられた。


私は今回、昨年から参加させて頂いている

大村さん発起の「FROM DO」という北海道初のチャリティー活動に
絵本作家としてイラストの提供で活動に参加させていただいていて
今回もその経緯で是非にと参加させて頂きました。





そして今回のツアーはバスでまわる事となった。


仙南交通の社長さんが震災後、
こういった取り組みについて非常に熱心な方で

子供達に被災地の今を伝えるべく

素晴らしいバスガイドさんを紹介して頂いた。

「マナティ」さん。


下の名前がまなみさん。


なのだけど、大村さんの命名で


「マナティ」さん。



皆の頭の中に一瞬ごろんっとした


あの愛嬌のある顔が浮かび


バスにいたみんなにつかの間あたたかな空気を与えてくれた。


大村さんから紹介を受けて

明るく笑顔の素敵な女性がバスをさらに明るくした。


それでも


バスガイドさん自身も震災の被害にあっていた。

自分の地震時の体験など、それでも笑顔でそして一生懸命に

私たちに当時の状況を伝えてくれた。


震災の2ヶ月後、仕事に復帰したガイドさんは、

当時はただただ涙が出て、その状況も伝えられることができなかったという。




あれから2年経った今は、



それでも大分伝えられる様になったと話していた。




きっとバスに乗ってる皆もそうだっただろうか。。

それとも私だけだったか、

それは分からなかったけれど



私はガイドさんの話を聞きながらも、

同時に自分の痛みを思い出していた。






誰もがみんな、どこかに一つくらいは


辛い思い出というものがあると思う。


人生、一度も転んだ事がない人がいない様に、

心もつまずいて、転んで、傷ついて

その傷が乾くまで、赤いにじみは

じんじんと痛み続ける事があると思う。


かさぶたになって


それがふとした時にはがれたら、


今度は空気にふれてうっすらとにじみ


またズキズキと痛むだろう。


そうして完治するまでは、


やはり長い「時間」というものが必要になってくる。



だからこそガイドさんも、この2年間で、

被災地のツアーをする時に、

どうしたらこの痛みを誰かに押し付けるではなく

でも、この痛みを心なくえぐられるでなく、





どうしたらみんなで








共に考えていけるだろうか?






というのを、必死に考え続けていたのではないかと思う。





ガイドさんのその笑顔と時折見せる悲しみが



バスガイドとしてのおもてなしの精神に、

おもてなしをこの被災地となった場所を案内するという複雑さに、

自分自身もまたそれを乗り越えてる最中だという苦しさに、

きっと

2年という歳月をかけて尚、今も

自問自答を繰り返しているのではないかと思った。




それが、

ガイドさんの表情に、声に笑顔に悲しみに

映っていた気がして、

私の心にも

同じ様な葛藤が、


そしてのどまでこみ上げる痛みが、こらえる涙がある事に


静かな理解を生んでいた。







バスは進み、


気がつくと高速道路を走っていた。




ここには震災後6カ所の避難階段が作られた。



それがあれば



助かった命があったからだった。






山登りをする時に「ゴミは持ち帰る」などのマナーがあるように、

被災地にもそれはあって、

どうしていいか分からなくて、行きづらいなんて事のないように

ここにも教えていただいたまま記しておこうと思います。


来て頂けるみなさんへの心のおねがい

NG×記念撮影=ピースサイン、笑顔やポーズを撮って写真や動画をとる×


もちろん、観光地の素敵な風景の中では別です。

でも、震災の象徴的になってしまった建物や、場所、被害の大きかった所などで

写真や動画をとる場合は、記録写真としての撮り方にとどめていただけますよう

どうかご配慮ください



でも、被災地へ、観光でも、取材でも行った時には



「じゃあ、私はどんな立ち振る舞いでいたらいいだろう。。」


という疑問にもガイドさんは
私たちの表情を見て察知して教えてくれました。

「大丈夫です!暗くする事はないんです。被災地には明るくして頂いて、みなさんの笑顔を届けてほしいんです。」




観光のメッカの場所もあるし、漁師町もある。
景色も本当に美しい。

その町々、土地々で美味しい物もたくさんあるので

それを楽しんでいただけるのは嬉しい事です。

観光として訪れても、状況を見る為に訪れても


心の配慮があれば

それはあたたかな想いとして伝わると思いました。





それでも私たちは今回


「被災地を取材する」という立場でここへきたから、




取材という事について、ここからは


マナティさんに代わり


大井さんと大村さん、

この二人のアナウンサーさんから教えて頂く事になる。




バスはまだ高速道路を走りながら、

遠くに見える海は、青く水平線を引いていた。











「宮城取材」つづく